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「やあ、やってるね」
「総帥!!」
練習も佳境に入った頃、屋敷から陽一が歩いてきたのが見えた。
「明莉、今日の分が終わったら地下室においで。もう一つ訓練があるんだ」
「? …はい」
陽一は意味ありげにほほ笑むと、今度は北斗に向かって皮肉っぽく笑った。
「北斗にはすずから伝言。いい加減に定時に礼拝に来る癖をつけろってさ」
「…別に俺は信者じゃないって言ってるのに」
「そうじゃなくて…毎日顔が見たいんだろ、母親としては」
小さい子を宥めるように言い含める陽一。それを聞いている明莉は狐につままれたという顔だ。
「あの…すずって…」
「北斗のお袋さんだ、本名は鈴蘭さんっていうんだけどな」
「なんで総帥はあだ名で呼んでるんでしょうか…?」
「は?」
尋ねてみると、傍らにいる光輝は何を聞くんだと顔をしかめた。そこへ怜が助け船を出す。
「しゃあないだろ。常識で考えたらかなり変だぜ?どう見ても総帥のが年下どころかガキと母親なんだから」
「あー、そうだよなあ…そうだった。あのな、鈴蘭さんは総帥の妹なの」
…明莉、一時停止。
「ついでに俺と怜のお袋が鈴蘭さんの姉で同じく総帥の妹、つまり総帥は俺らの伯父さんに当たる訳だな」
「は……?」
目を白黒させる明莉に、ついに兄弟は揃って吹き出した。
「あっはっはっは!!明莉、顔面白れ~!!」
「わ、笑わないでよっ!」
「ははは悪い悪い…いや、気持ち分かるぜ?総帥って見た目はあんなだもんな。でもあくまで肉体年齢が12歳ってだけだ」
「じゃあ実年齢は?」
「俺らも知らん」
…絶句。
「ついでになんでそんなことになってるのかも知らねえんだ。
ただあの人は前の総帥の息子だったんだが、ある時突然姿を消したらしい。ところがあの戦争が起きると彗星のごとく戻って来て、混乱した里を見事に立て直して今の総帥の座に収まった。
そん時からずっと…鈴蘭さんの話だと、失踪した当時から全く成長してないみたいなんだ。タイムワープでもしたんじゃないかって話もあったが、それにしたって未だに12歳の体のままはありえな…いっ!?」
光輝はギクッとして話を締め括らざるを得なかった…これでもかというほど眉を吊り上げた陽一が、彼を睨み上げていたからだ。
「誰が無駄話してもいいって言った?明莉は訓練があるんだよ?」
「す、すいませ~ん…」
はぁとため息をつく陽一だったが、こう付け足して屋敷に戻った。
「大丈夫だよ…そのうち話してあげるから」
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明莉は胸がつまって、しばらく言葉が出なかった。翼はにこにこと人懐こく笑っている。
と、遠くからその翼を呼ぶ声がした。
「翼君!」
「あ、看護婦さんだ。そっか、もう検査の時間だ」
「じゃ行こっか」
車椅子を押そうとするみなみだったが、翼は首を振った。
「自分で戻るよ。みなみちゃんだって話したいでしょう? …北斗さんとかと」
「こ、こら!!」
顔を真っ赤にするみなみにちょこんとウィンクして、翼は戻っていった。
「ああ、もういつの間にあんなマセちゃって~!!」
(ははぁ…そういうこと)
明莉はにやにやと笑いながら親友に囁いた。
「みなみ~。私お屋敷に戻ってるからさ~。たっぷりお話しなさいよ、ほ・く・と・と」
「な、何言ってんのあんたまで!」
耳まで真っ赤にしながら焦るみなみだったが、思わぬところから助太刀が入った。
「その通りだ。そんなこと言ってる場合じゃない」
誰あろう北斗本人であった。…この場合助太刀とは言わないかもしれない。
「ちょっとそんなことって何よ!!」
「立ち話してる場合じゃないってことだ。まだ練習残ってるだろう」
「そりゃそうだけど…」
「い、いいよ気にしなくて!明莉の練習のほうが大事だもんね」
みなみは大袈裟に両腕を振って笑顔を作り後ずさる。その背中が誰かにぶつかった。
「わっ!?怜君!それに光輝さんも!?」
木刀をかついだ怜と、黒い筒を持った光輝だった。
「俺らも練習しようと思ってさ」
「『俺ら』って、」
「俺も前線に出るからな」
そう言って笑う光輝。
「ほんとですか!?あ、何ですかそれ?」
光輝の筒を覗き込む明莉。
「俺の武器だよ」
光輝がスイッチを押すと金属の棒が飛び出し、さらにバチバチと鳴った。
「こいつで一突きすりゃ連中の回路がショートしてバタン、って訳だ。今は練習だから電流はいらないけどな。さ、始めるぞ」
互いの武器を構える兄弟。切り合いが始まる。
「ほら、届いてないぞ兄貴!」
「何を!!」
思わず見入ってしまう明莉。はっと北斗に怒られるかと思ったが、彼も木刀を持ち出していた。
「さっき私の練習が優先って言ったの誰よ?!」
「俺だって鍛練がいるんだ」
プンと膨れる明莉に光輝が笑った。
「明莉も一緒にやればいいだろ?ペイント弾あるぜ」
こうして四人での練習が始まった。
「それ!」
「なんか楽しいね」
「ああ、ガキの頃みたいだな」
怜が笑顔で言った。その様子を、みなみは遠くから見つめていた。
「っと…このへんにあったよな…うん、これこれ」
光輝は道具箱の奥から黒い筒のようなものをひっぱりだした。スイッチを押すとカシャンと音がして、先端から金属の棒が飛び出す。
「ん、なかなかいい感じだな。いや、ちょっとメンテがいるか?」
独りごちていると、扉の開く音がした。怜が部屋に入ってきたのだ。
「ほんとにやる気かよ兄貴」
「言ったろ、決めたって」
「別に止めないけどさ…止めない、けど…」
「はっきり言えって」
押し黙る怜。光輝はほほ笑んでいる。
「分かってる。心配すんなよ、無理はしねーから」

訓練場になっている総帥の屋敷の庭から、ひっきりなしに銃声が聞こえてくる。
「脇締めろ。片目つむるな」
「こう…?」
「そう、それでいい」
明莉の射撃の練習を北斗が指導しているのだった。
「ぐらついてる、左手でしっかり支えろ」
「ん、」
 明莉が標的に意識を集中しようとすると、遠くから声がした。
「明莉ー!北斗くーん!」
顔をあげると、みなみが翼の車椅子を押してやってきていた。
「翼君、だいぶ落ち着いたから。二人と話したいって」
「……」
顔を曇らせる二人に翼は笑いかけた…ぎこちなくではあるが。
「大丈夫だよ。僕頑張るから」
「うん…早く歩けるようにならなきゃね」
「それもあるんだけどね、早く…言えるようになりたいんだ。『生きててよかった』って」
「えっ!?」
思わぬ言葉に驚く明莉。それはみなみも、そして北斗も同じらしかった。
翼は困ったように笑う。
「陸上、だめになっちゃったけどさ。それでも、死んじゃうよりは生きてたほうがいいんだよ、きっと。
 心から、そう言えるようになりたいんだ…今は、まだ無理だけど」
「翼君…」
「だからね、二人にありがとうって言っておきたかったんだ。助けてくれてありがとうって」
「翼…」
 北斗は少し泣きそうに顔を歪めた。しかし明莉は慌てる。
「でもっ、私なんにもできなかった…」
「ううん、明莉ちゃんは頑張ってくれたもん。僕の手、必死に握って離さなかったじゃない」
翼は今度こそにっこり笑った。
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